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最高裁判所第三小法廷 平成3年(あ)1258号 決定 1994年10月25日

本籍

大阪府堺市高倉台三丁一〇番

住居

同 堺市市之町東六丁熊野苑六〇二

会社役員

石田吉信

昭和一八年七月二二日生

右の者に対する相続税法違反、所得税法違反被告事件について、平成三年一一月一五日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人尾鼻輝次、同大槻龍馬の上告趣意は、違憲をいう点を含め、その実質はすべて単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

平成三年(あ)第一二五八号

上告趣意書

相続税法違反・所得税法違反

被告人 石田吉信

右被告人に対する頭書被告事件につき、平成三年一一月一五日、大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し上告を申し立てた理由は左記のとおりである。

平成四年三月五日

弁護人(主任) 尾鼻輝次

同 大槻龍馬

最高裁判所第三小法廷 御中

第一点 原判決は憲法一四条、三七条一項に違反し、かつ、訴訟手続きに関する法令違反ないしは事実誤認があり破棄しなければ著しく正義に反する。

以下その理由を述べる。

一、原判決の判示と第一審判決の判示第一について

1.原判決は、控訴趣意中、事実誤認の主張につき次のとおり判示している。

「論旨は要するに、原判示第一の相続税法違反の罪(以下、「本件」という。)につき、被告人は幇助犯にすぎないから、共同正犯と認定した原判決には影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。そこで、所論及び答弁にかんがみ記録を調査して検討するのに、原判決挙示の対応関係証拠によれば、本件につき被告人が共同正犯であることが明らかに肯認され、当審事実取調べの結果によっても、右の認定・判断は左右されない。

所論は、本件相続人、納税義務者上野勉は、被告人らが行った債務仮装による相続税のほ脱のほか、相続財産に当然含まれるべき巨額の預貯金などを秘匿して脱税しており、被告人はこのことを知らされていなかったうえ、本件相続税のほ脱は、もともと上野、同人の知人坂元良次により計画されたものであるが、同人らは計画の一部である債務仮装の方法に行き詰まり、坂元において北口洋人に脱税協力を依頼し、申告期限の直前になって北口が更にこれを被告人ら全日本同和会の関係者に依頼したため、被告人が原判示の架空債務を作出して申告することとしたのである、被告人はたしかに原判示の内容虚偽の各申告書を提出してはいるが、これは北口を通じた坂元の指示により本来上野がなすべきことを代理したにすぎず、結局、被告人は上野の相続税ほ脱について道具として巧みに利用されたわけで、換言すれば、被告人の行為は上野の相続税ほ脱を容易ならしめたものであるから、被告人は幇助犯の刑事責任を負うにすぎない、と主張する。

しかしながら、本件のごとき過少申告ほ脱犯において、自ら内容虚偽の過少申告書を提出したのみならず、債務の仮装など所得の秘匿をも担当した者は(被告人がそのような行為を担当したことは所論も認めるところである。)、まさに実行行為に及んでいるわけであるから、共同正犯の刑事責任を負うことに疑いがないというべきである。所論のいう前記の事情のうち、上野が当初から巨額の預貯金を秘匿していたという部分は、その大半が上野に対する起訴の対象から除外されており(もとより被告人の起訴事実にも含まれていない。)、これも本件の相続税のほ脱に含まれるとして、上野との関係における被告人の加功の態様を論ずるのは許されないと解されるし、その余の事情は畢竟だれが脱税計画の当初からかかわっていたか、だれが主導的であったか、あるいは、実質的にいって主たる利益を受けたのはだれかなどという共同正犯者間の犯情の差異にすぎないと考えられる。

もっとも、所論は、身分犯においては非身分者が実行行為を担当しても、その実行行為が身分者の行為を代理したにすぎない、あるいは、非身分者が身分者の単なる道具にすぎない、と認められる場合は、非身分者は幇助犯の刑事責任を負うと主張する。

しかしながら、関係証拠を検討するに、被告人は、本件の相続税ほ脱にあたり、所論がいうような上野の単なる代理人ないし道具として行動したとは到底いえないのである。すなわち、本件脱税の経過はおおむね所論が指摘するとおりであるが、被告人は北口から脱税の依頼を受けるや、多額の報酬を得る目的で、しかも、同和会活動名義の、しかし実際には自己のいわば業務として、これを引受け、共犯者環や内田を誘って具体的計画を練り上げ、前期のとおり現に本件の債務仮装を実行し、絶えず北口、坂元を介して上野と連絡をとり、再度にわたる申告書の提出をも担当するなど積極的に本件の主要部分に加功しているのであるから、被告人は上野の単なる代理人ないし道具とはいえず、所論が主張する前記の事情は、この認定・判断を左右するとは考えられないのである。

なお、所論は、身分犯に非身分者が加功した場合、一般論としても、共同正犯は成立せず、非身分者は幇助犯として処罰されるべきである、と主張するもののようであるが、左袒しがたい。

以上の次第で、所論はいずれも採用できず、原判決には所論がいう事実誤認は認められないから、論旨は理由がない。」

2.つぎに原判決が支持した第一審判決の判示第一の摘示は次のとおりである。

「被告人は、全日本同和会和歌山県連合会副会長及び同連合会和歌山市支部長をしていたものであるが、上野政一が昭和五七年三月三一日に死亡したことによる相続税に関し、同人の長男で上野政一の財産を共同相続した上野勉、同人の知人で不動産売買業の友信興業株式会社の代表取締役をしていた坂元良次、飲食店を経営していた北口洋人、右全日本同和会和歌山県連合会和歌山市支部役員をしていた環秀雄及び同内田学ら五名と共謀の上、上野勉の相続税を免れようと企て、同年九月三〇日、神戸市兵庫区水木通二丁目一番四号所在の兵庫税務署において、同税務署長に対し、上野勉の法定相続分に基づく相続税の申告をするに際し、同人の相続財産にかかる課税価格は六七二八万五五七七円で、これに対する相続税額は二九三九万一五〇〇円であるにもかかわらず、上野政一には右全日本同和会和歌山県連合会に五億六五八三万三三三三円の債務があり、上野勉はこのうち四七一五万二七七七円の債務を負担することとなったかのごとく仮装し、その相続財産の課税価格は二〇一三万二七九八円でその相続税額は四八二万七五〇〇円である旨の内容虚偽の相続税の申告書を提出したうえ、同五八年四月一五日、右税務署において、右税務署長に対し、上野勉が共同相続人との遺産分割の協議によりその相続財産の大部分を相続したとして修正申告するに際し、上野勉の相続財産にかかる課税価格は八億一九〇二万三六五八円で、これに対する相続税額は三億九九八五万五三〇〇円であるにもかかわらず、同人が上野政一の債務をすべて負担すべきこととなったごとく仮装し、その相続財産の課税価格は二億一九七四万五二三〇円でその相続税額は五二六七万五八〇〇円である旨の内容虚偽の相続税の修正申告書を提出し、もって不正の行為により、上野勉の正規の相続税額三億九九八五万五三〇〇円との差額三億四七一七万九五〇〇円を免れたものである。」

3.ところで、本件相続税法違反の訴因における上野勉、坂元良次、北口洋人、環秀雄、内田学及び被告人六名の相続税逋脱の責任の範囲に関して、原判決は前記のごとく「上野が当初から巨額の預貯金を秘匿していたという部分は、その大半が上野に対する起訴の対象から除外されており、(もとより被告人の起訴事実にも含まれていない。)これも本件の相続税のほ脱に含まれるとして上野との関係における被告人の加功の態様を論ずるのは許されないと解される」と判示している。

それでは、原判決は、被告人ら六名共謀による過少申告額をいくらと認めているのであろうか。

被告人ら六名共謀による過少申告額は、上野政一の全日本同和会和歌山県連合会に対する五億六五八三万三三三三円の架空債務だけの筈である。

ところが第一審判決は前記のとおり上野勉の相続財産にかかる実際の課税価格は八億一九〇二万三六五八円であるのに、上野政一の債務をすべて負担すべきこととなったごとく仮装し、課税価格は二億一九七四万五二三〇円である旨の虚偽の申告をしたと認定している。

右によれば、五億九九二七万八四二八円を過少に申告したという計算になる。

そうすると、被告人らは全日本同和会和歌山県連合会の関係で作出した架空債務額五億六五八三万三三三三円よりも三三四四万五〇九五円多い過少申告の責任を負うものと認定されたことになる。

原判決が「上野が当初から巨額の預貯金を秘匿していたという部分は、その大半が上野に対する起訴の対象から除外されており」と判示しているのは、秘匿していた大半の残りの一部が起訴対象となっていて、右三三四四万五〇九五円がそれにあたるという趣旨であろうか。しかし他方原判決は括弧書で(もとより被告人の起訴事実にも含まれていない)としている。判示自体に矛盾が見受けられるのである。

上野もしくは、上野、坂元の両名だけで負うべきほ脱の責任は、他の四名に負わせていないという原判決の説明のようにも読み取れるが、矛盾は解消できない。

その矛盾発生の根源は本件起訴状及び第一審判決が摘示している「実際の課税価格八億一九〇二万三六五八円」の算出根拠を解明しなかった原審の審理不盡に存するのである。

弁護人は、右算出根拠を明らかにし、これに関連する上野、坂元だけの責任を負うべき過少申告の範囲を明らかにする必要があるため、原審において、右課税価額八億一九〇二万三六五八円を表示している脱税額計算書の作成者扇谷志朗及び上野勉、坂元良次の三名の取調を求めたが、原審は盡くこれを却下した。

本件相続税の申告においては、上野、坂元の両名が責任を負うべき過少申告の範囲については、被告人ら四名は全く聾桟敷に置かれ、操り人形のようなものであったから、その内容は不明であって反証の手段方法が全くなく、右三名の取調によってはじめて反証の糸口を掴むことができるのに、これが却下されることによって刑事訴訟法三〇八条に定める反証活動の権利を封じられてしまったのである。

すなわち、被告人ら四名は、暗黒の数字三三四四万五〇九五円に関する過少申告の責任を何らの説明もなく押しつけられる結果となったわけである。

もし、前記三三四四万五〇九五円について、被告人ら四名が上野、坂元と共謀の責任を負わなければならないという正当な理由が、前記架空債務の作出分以外にあるというのであれば、被告人ら四名については共同正犯でなくて幇助罪が成立するという控訴理由は全く主張の余地がなくなるのであるから、被告人・弁護人ともにその理由に納得できるであろうが、もし右金額は被告人ら四名と何ら関係がないものであるというのであれば、その部分については、当然無罪であるからそれだけ犯則額は減少し、脱税額においても減額されるべきであって、そのまま事実誤認につながる重要な問題となるのである。

原審は、弁護人申請証人三名の取調請求を却下したのであるから、三名の取調べを俟つまでもなく、被告人らが作出した架空債務五億六五八三万三三三三円に対する責任以外に、つけ足した三三四四万五〇九五円、もしくは実際の課税価格とされる八億一九〇二万三六五八円について、弁護人・被告人の気付かない理解を持ち、何らかの判断を示し得るとの考えのもとで訴訟指揮をされたものと期待していたが、判決では全然その説明がなされていない。

本件は、上野、坂元両名共謀によるほ脱行為と、上野、坂元及び被告人らを合わせた六名共謀によるほ脱行為が、一個の申告行為として行われたものを検察官の恣意により分断し、前者を不起訴とし、後者を起訴したものであるから、審判の潜在的対象は両者にも及ぶもので、その全貌を明らかにしなければ、前記のようにほ脱行為の境界区分すら不明確のまま、事実及び情状の判断を下すことになるのであって、原判決は、「上野の起訴されていない部分も本件の相続税のほ脱に含まれるとして、上野との関係における被告人の加功の態様を論ずるのは許されない」としているが、もしこのような見解によって前記証人の取調請求を却下したのであれば、控訴趣意に対する理解を欠くものであり明らかに反証活動を封じるもので訴訟手続の法令に違反する。

もし上野・坂元が起訴されていない部分も合わせて起訴されると、ほ脱税額は累進課税の適用により極めて多額となるが、本件における被告人石田ら四名に対しては、その部分についてまで犯意を認められるべきものではなく、前記五億六五三八万三三三三円の架空債務作出の責任のみに限定されるべきである。

本件では、上野、坂元両名の過少申告の額は、全日本同和会和歌山県連合会関係の被告人ら四名が作出した架空債務の額と匹敵する金額であり、両者が一個の行為であるのに、全日本同和会関係部分だけを起訴し、上野・坂元両名関係部分については、これを問疑しないばかりでなく、前記三三四四万五〇九五円についてもあえて被告人ら四名を巻きぞえにして訴追するのは、まさに公平性と平等権を無視した起訴便宜主義の濫用であるといわねばならない。

被告人石田は、浅野政雄前高石市長・横田磯次元和泉市長などを親戚に持つ、裕福な家庭に育ちながら、幼少のころから祖父母に溺愛されて育って来たため、お人好しで向こう見ずの気儘な性格が形成され、高等学校卒業後職業が永続きせず、その間同和運動の理想にあこがれてその団体に飛び込んでみたが、この運動には当然多額の資金が必要であるのに、対象者のために行う国民金融公庫や信用保証協会からの低利融資手続代行に対する謝礼金の程度では到底運動資金を賄い切れず、本件のような犯行を重ねるばかりでなく、先祖伝来の資産をも失うに至ったのである。

前記のような公訴権の濫用と右のような被告人石田の事情に鑑みると、原審は第一審判決を鵜呑みにすることなく、審理を十分に盡くさなければ裁判の公平性を保つことはできないし、信条や社会的身分に関する平等権を侵害する結果に陥る虞れが発生することは言を挨たないところである。

もとより同和関係団体を利用した脱税行為が、脱税行為の中でも悪質なものとして厳重処分の対象とされることに異存はないが、本件起訴処分における差別不均衡はあまりにも極端というべく常識の範囲を著しく逸脱するものであるから、司法機関による是正が必要である。

然るに前記三名の取調をしなかった原判決の審理不盡は、訴訟手続の法令違反であり、これによって重大な事実誤認に陥ったものであって、破棄しなければ著しく正義に反し、かつ憲法一四条、三七条一項に違反するものである。

第二点 原判決の量刑は不当に重く破棄しなければ著しく正義に反する。

一、原判決の判示

原判決は弁護人の量刑不当の控訴趣意に対し次のとおり判示してこれを棄却した。

「論旨は、原判決の量刑が重きにすぎると主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、相続税及び所得税(不動産譲渡所得)のほ脱に各一回加功したという事実であるが、その罪質、動機、態様、ほ脱した税額・ほ脱率並びに被告人の前科関係など、すなわち、被告人は、同和会活動名義で、しかし実際には多額の報酬を得るためにいわば業務として他人の脱税に加功してきたものであって、いわゆる脱税請負人と評されてもやむをえないものであること、ほ脱した税額は合計約四億二〇〇〇万円にのぼり、ほ脱率も八〇パーセントを超えることのほか、被告人自身も本件脱税の報酬として計三〇〇〇万円を受け取っていること、脱税の手口は必要書類を偽造して架空の債務を作出するなど常套的とはいえ巧妙で計画的であること、被告人には原判示累犯前科があるばかりか、本件後にも原判示確定裁判にかかる罪を犯していることなどの事情に照らすと、原判決が量刑の理由として説示するとおり、被告人の刑責、犯情は相当に重いといわなければならない。

してみると、本件各犯行はいずれも、被告人からの積極的な申し出によるものではなく、納税義務者側からの依頼によるものであること、被告人は本件発覚後納税義務者の正規の納税に協力するため自己の利得分よりもはるかに多額の金員を出捐していること、深く反省していることなど所論指摘の情状を斟酌し(なお、原判決も量刑にあたりこれらの情状を十分考慮していることが窺える。)、更には、被告人は原判決当時から不動産事業等に取り組んでいるところ、原判決後右事業は拡大・発展を遂げていることなどの事情を加味して考えても、被告人を懲役一年四月及び罰金一八〇〇万円に処した原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。」

二、しかしながら右の原判示は、税法違反事件の実態を広く考察することなく、又、本件事案の内容を十分に理解しないで、検察官の主張を鵜呑みにして、一途に被告人の悪性のみに目を奪われたものである。

本件について正しい量刑を求めるため以下

1.事案の概要

2.申告内容の検討

3.検察官の不公平な処分

4.検察官の処分を鵜呑みにした第一、二審判決

5.量刑の不均衡

6.被告人の最近の情状

について述べる。

1.事案の概要

第一審判決判示第一の相続税法違反の点の事案の概要は次のとおりである。

被相続人上野政一は、昭和五七年三月三一日死亡した。同人の相続人は上野まつの(妻)上野勉(長男)上野政俊(次男)今井美代子(長女)上野英美子(次女)浜口勝子(四女)橋本千代子(五女)の七名であるが、相続財産の殆どは長男である上野勉が占有掌握していた。

相続税の申告期限は、同年九月三〇日であるところから、上野勉は沖幸逸税理士に相続財産の内容を示して申告手続を委任した。

そして、同年四月上旬から五月上旬までの間に、同税理士のもとに、預金残高証明書・上場株式評価明細書・貸金庫残高証明書・改製原戸籍謄本・除籍謄本・各住民票・各不動産登記簿謄本・各固定資産台帳写・各評価証明書等の申告関係資料が集められ申告書作成の準備が進められた。

その相続財産の内容は次のとおりであった。

<1>資産の部

土 地  三七七、一八六、五五五円

家 屋  二、〇七七、四六〇円

有価証券 九五、二〇九、八五九円

預貯金  四八、四三三、二三二円

貸付金  一七八、五八八、三三五円

未収金  一二九、五五五、四四四円

合 計  八三二、〇五〇、八八五円

<2>負債の部

借入金  一〇、〇〇〇、〇〇〇円

公租公課 六、二〇五、二五〇円

医療費  九四、一五二円

葬式費用 八、三二四、五六〇円

合 計  二四、六二三、九六二円

<3>純資産価額(<1>マイナス<2>) 八〇七、四二六、九二三円

ところが、上野勉は沖税理士から相続税額が約三億五〇〇〇万円と聞き、同税理士に任せておくと規定どおり相続税を納付しなければならないので、坂元良次と相談して同税理士のもとに集められていた前記申告関係資料及び作成中の申告書類を引揚げて来た。

九月上旬坂元は上野に対し、坂元が代表者である友信興業株式会社所有の香川県大川郡津田町の山林等五六、九一四平方メートルを上野政一が生前の昭和五六年一月一七日に買ったことにしてその支払債務があるようにして相続税を安くする。そのために友信興業(株)に三億五〇〇〇万円融資してくれと言って、同人の同意を得、譲渡人を友信興業(株)、上野勉が代表取締役である夢野株式会社を譲受人として国土法の規定に基く土地売買等届出書を作成し、同月七日、大川町を経由して香川県知事に提出した。

坂元の右の構想に従うと、勉一人が相続した場合の相続税は一億二〇〇〇万円、相続人全員が法定相続をした場合の相続税は八〇〇〇万円から八五〇〇万円ということになったが、大谷税理士事務所の徳重民明から、政一が生前に売買代金の一部でも支払っておればよいが、そうでなければ右のような申告を税務署で是認されることは難しいだろうと聞かされ、九月二一日頃国土法による申請を取下げた。

そこで坂元はこれに代る手段として三谷正を介して北口洋人と会い、同人に「上野勉の相続税を安くするために、上野勉の亡父が五億円余の土地を買ったが代金を支払っていないことにして嘘の書類を作ったがうまくいかなかったので、上野勉に五億数千万円の債務があるような形にして相続税が安くなる様にしてくれ」と言って、沖税理士作成の申告書類を渡し、香川県大川郡の土地売買の合意書のコピーを見せ、エンピツで押さえながら「この形で五億円余の債務ということで処理しているがうまくいかない。そうかと言って上野も大変な状態だから安くして頂きたい。」と依頼した。

北口は、坂元が持って来た土地売買の書類を使っては脱税ができないので同和関係に頼んで行う旨を答え、上野側の納税分と謝礼金を含めて一億円で引受けることにした。

そこで北口は、全日本同和会和歌山県連合会支部長であった被告人石田に右のような申告をすることを依頼し、同被告人は事務手続を環秀雄・内田学に依頼することになり、北口の事務所で北口、三谷の両名から被告人ら三名に対し「上野勉一人で相続したいのだが、分割協議が未了である。申告期限が迫っている。共同相続をしてあとで修正申告をする。修正申告のとき、新しく五億円余の債務を追加しても不自然で税務署で取り合ってもらえぬ。当初申告で五億四~五千万円の負債があることにして申告したい。」と坂元から引受けたのと同一の内容の申告手続を依頼した。

環、内田は約三年前に金銭の貸借契約があったことにして利息を年二割とすれば、元金三億円だと元利合計四億八千万円で北口の要望額に達しないが、元金三億五千万円だと元利合計五億六千万円となり、北口が言った額よりも少し多くなるが、純資産価額は二億円弱になることを算出して、環秀雄が主債務者、故上野政一が連帯債務者となり、全日本同和会和歌山県連合会和歌山市支部宛の昭和五四年三月一日付連帯借用証書及び上野政一の死亡の時点における借用金の元利合計は五億六五八三万三三三三円である旨の債権債務確認書を作成し、前記坂元から北口へ引継がれた相続税申告資料とともに中居税理士に渡し、同税理士のもとで九月二九日夕刻、取得財産の価額を八億三二〇五万八八五円とし、相続人全員がそれぞれ法定相続分を相続した旨の申告書の作成が完了し、各相続人の印鑑は間に合わなかったので三文判を買って押捺し、同年九月三〇日所轄兵庫税務署長宛へ提出した。

なお北口は、沖税理士が作成した申告書写しを被告人らに渡すとき、これに記載されている取得財産の価額八億三二〇五万八八五円の内容は真正なものであることを告げており、前記中居税理士作成の申告書はこれに従ったものである。

ここで特に付言しておきたいことは、右九月三〇日、坂元が代表者である友信興業株式会社は、上野勉より三億五千万を、昭和六〇年一二月末日までの三年三ヶ月間、無利息で借りていることである。坂元一人の利得は、利率年五分として計算しても被告人ら四名が得た報酬に比較すると遙かに多額となる。

昭和五八年四月一五日、上野側から示された分割協議内容に従って中居税理士が修正申告書を作成し、被告人らによって前記兵庫税務署長宛に提出された。

この修正申告にあたり上野側から前記純資産価額についての訂正申入れはなかったので、当初申告と同じ額が記載された。

3.申告内容の検討

(一) 本件に関して国税査察官のなした調査結果のまとめとして修正貸対照表が作成されている。

これによれば公表金額が修正された結果による増減額は次のとおりである。

<1>土 地   六九、五七三、四一〇円

<2>家 屋   八八六、六九三円

<3>有価証券  三三、三〇五、六一六円

(内犯則三二、八三三、一一六円)

<4>現 金   五〇〇、〇〇〇円

<5>預貯金   三三四、三九六、八五八円

<6>家庭用財産 七〇〇、〇〇〇円

<7>未収金 八、一五〇、九九八円

<8>電話加入権 一〇〇、〇〇〇円

<9>債権(架空)五六五、八三三、三三三円

<10>公租公課  △ 三六一、七五〇円

合 計      一、〇一二、六一二、六五八円

うち<1>ないし<8>及び<10>の合計 四四八、七七九、三二五円

(二) 右によれば、上野勉が沖税理士に提供した資料においては、所得財産の価額において、四四八、七七九、三二五円を過少に申告しようとした相続税逋脱の犯意が十分に認められる。

さらに右のほかに上野政一が生前友信興業株式会社より三木の土地の売却益の分配金として坂元から受取っていた同社振出第一勧銀/山手宛の金額五〇〇〇万円の約束手形債権及び

七、〇九〇、六〇二円(経過利息)

三、四六七、〇〇〇円(住友/湊川 口座番号二五四六七〇)

四、六三六、〇〇〇円(同 右 同 二五四七四七)

一、一五九、〇〇〇円(同 右 同 二五四四七〇)

二、三一八、〇〇〇円(同 右 同 二五四八二七)

三、八七四、九二三円(同 右 同 二五四六一七)

合計七二、五四五、五二五円が除外されていたのでないかと考えられ、そうすると除外額の合計は五二一、三二四、八五〇円となり、被告人らが依頼を受けて作成した架空債務五六五、八三三、三三三円と匹敵する金額になるのである。

(三) 上野勉の犯意については、同人は「昭和五七年九月二七日・八日頃、分割協議をした。そのころ弟政俊が住友銀行湊川支店に父の定期預金が三億四~五〇〇〇万円あると説明した。これらについては私以外の者が相続するようになった。念書の中の『税務署関係について事故があった場合上野勉が全部責任を持つ』ということは、この約三億五〇〇〇万円の定期については、私が相続税の申告をし、税金も全部納める、もしこのことで脱税などの問題が起きたりしたときは、すべて私の責任であり、私が責任を持つということです。三億五〇〇〇万円余の定期預金証書は、父が住友/湊川の貸金庫に保管していたもので、この分については、私が相続税の申告をしなければならなかったのですが、私は、みんなに、私が税務署関係について責任を持つと言いましたが、申告するつもりはなく脱税することにきめていました。」と供述しており(検甲21号昭和六一年一〇月一三日付検察官調書四項)、また同人の弟上野政俊は、「遺産分割協議書には、裏金の三億五〇〇〇万円位は相続財産に書かれておらず、私が相続するのは住んでいる家の敷地と株式数一、五〇〇株以外は全部兄が相続するように書かれていた。これに基いて兄が相続税の申告をするだろうと思っていた。……昭和五七年九月二八日ころ、裏金の分配をきめた後、念書を作った。作った目的は、主に兄夫婦の言う事、する事が信用できなかったからです。それは税務関係につき事故であった場合は、上野勉が全部責任を持つというもので、三億五〇〇〇万円を申告から外してもわからないだろうが、わかっても兄が全責任を持つというものである。」(検甲17号昭和六一年一〇月八日付検察官調書一四項)。「昭和六〇年六月一六日付遺産分割協議書を作ったのは裏金が税務署の調査でバレたからである。……兄嫁は母が全部相続したようにすれば配偶者控除があるので税金がかからなくなると母に要求したが、母が応じなかった。しかし兄が包丁をふり廻したりして母を虐待したので母も承諾した」(前同一七項)旨供述しているところからも明らかである。

(四) なお被告人石田は、上野勉は食肉販売業者で、中企連(社会党系同和団体)に加盟している筈で、坂元による香川県大川郡の土地を利用した脱税工作がうまくいかなったため、全日本同和会(自民党系同和団体)の被告人側に工作を依頼したのではないかと推測している。そして原審において、弁護人は上野・坂元の取調がなされたときは、この点を確かめるための質問を予定していた。

3.検察官の不公平な処分

(一) 上野・坂元の過少申告額と被告人ら四名がこれに加担した過少申告額はその金額において大差がない。

(二) 本来上野・坂元は右の合計額の過少申告の責任を負うべきであって、被告人ら四名は、上野側から依頼されて作出した架空債務額以外に責任を問われるべき筋合はない。

(三) 上野側は香川県大川郡の土地を利用した架空債務作出に失敗し、申告期限直前に被告人らに架空債務作出方を頼んで来た経緯がある。

右のような諸点から、本件起訴処分の内容は、起訴便宜主義の範囲を超えた著しく不公平、不平等の譏りを免れないものである。

なお原審においても検察官は、上野勉側相続人が遺産分割協議書で遺産として認めている銀行預金について、遺産に入らないと主張し、上野側に加担しているほどである。

4.検察官の処分を鵜呑みにした第一、第二審判決

第一審における検察官の論告にも、弁護人の弁論にも、さらには判決においても、本件相続税申告に関する上野・坂元のみの過少申告については全く触れていない。

しかし検察官の冒頭陳述書には、その大半が明らかになる国税査察官作成の修正貸借対照表が添付されている。

第一審公判立会検察官が、これを知っていながら論告の際、被告人らの悪質を強調するため、わざとこれに触れなかったのか、あるいはこれに気づかなかったのかは明らかでない。

さらに弁護人側の立場を考察するに、もし上野・坂元の弁護人がこれに気づいたとしても、避けて通ることになったであろう。

被告人ら四名の弁護人が気づいておれば、当然有利な情状として陳情した筈であるのにそのような情状弁論はなされていない。

公平に判断すべき第一審裁判所が全くこの点に触れていないのはこれに気づいていないと考えるのが常識である。

原判決は前記のように「なお原判決(注、第一審判決)も量刑にあたり、これらの情状を十分考慮していることが窺える」と判示しているが、これらの情状の中には上野・坂元のみの過少申告が問擬されていないことは含まれていないことは明らかである。

このことは被告人ら四名にとっては、大変有利な情状であるから、当然にこれを加えて改めて量刑の当否を判断すべきである。

第一、二審判決はいずれも、右の事実を量刑上考慮せず検察官の処分見解を鵜呑みにしているのである。

5.量刑の不均衡

前述のとおり、第一・二審判決は、そのほ脱金額及び犯情において、被告人ら四名が作出した架空債務作出によるほ脱犯とほぼ同程度の上野・坂元によるほ脱犯が訴追されていないことを、量刑の判断の中に加えていない。

第一審判決では、右のような検察官の不均衡処理に気づいていなかったとも考えられるが、原判決は、弁護人の指摘によって十分認識し得た筈である。

然るに、第一審判決が被告人の有利な情状としてとりあげた

(一) 本件犯行はいずれも被告人からの積極的な申し出によるものではなく、納税義務者側からの依頼によるものであること

(二) 被告人は、本件発覚後、納税義務者の正規の納税に協力するため自己の利益分よりもはるかに多額の金員を出捐していること

(三) 深く反省していること

を挙げているだけで、上野・坂元の不問については全く触れていない。

もし、本件において四名の架空債務作出がなく、上野・坂元によるほ脱犯だけが成立している場合であれば、それだけでも不告発・不起訴で済まされるような案件とは到底考えられない。

そうすると、上野に対する懲役一年二月(三年間執行猶予)及び罰金六〇〇〇万円、坂元に対する懲役八月(三年間執行猶予)の刑に比べ、被告人石田に対する懲役一年四月の実刑及び罰金一八〇〇万円の刑は、別件所得税法違反(逋脱税額は七二二五万一一〇〇円で本件の二〇パーセント強)を考慮に入れても、原判決の量刑は不当に重くかつ不均衡であるといわねばならず、事実認定のみならず量刑上においても憲法一四条・三七条一項に違反するものである。

6.被告人の最近の状況

被告人の第一審判決後原審終結時までにおける深く反省している状況及び不動産事業等の正業に取組み拡大発展を遂げて来た状況については、原審における事実取調べの結果により、原判決も肯認しているところであるが、被告人が村本建設(株)及びトヨタ自動車(株)と協定を結んで推進して来た和歌山市西之荘宅地開発事業は、その後買収を完了し、遂に去る二月三日盛大な合同地鎮祭が行われ、被告人の手腕・力量に対し、多くの関係者が、驚嘆し賞讃しているとろこである。

右事業の今後の遂行についても被告人に対する期待は大きく、被告人の不在の間をできるだけ短縮して頂くことをすべての関係者が望んでいるところである。

7.以上述べたとおり、原判決の量刑は、不当に重く、破棄しなければ若しくは正義に反するのみならず、憲法一四条・三七条一項に違反するものである。

以上の諸理由により、原判決を破棄し、さらに相当の御裁断を賜りたく本件上告に及んだ次第である。

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